日本海軍 航空母艦 翔鶴 1941年 (昭和16年) デラックス (白線印刷済み木甲板シール付き)
「日本海軍 航空母艦 翔鶴 1941年 (昭和16年) デラックス (白線印刷済み木甲板シール付き) (プラモデル) (フジミ 1/700 特シリーズ SPOT No.特SPOT-024 )」です
●「日本海軍 航空母艦 翔鶴 1941年 (昭和16年) デラックス (白線印刷済み木甲板シール付き)」です
●帝国海軍の大型高速空母「翔鶴」を1/700スケールで再現したプラスチックモデル組立キットで、
●軍縮条約明けに設計され、無理がなく、当時の日本の造艦技術の粋を集めて作られた大型空母「翔鶴」、均整の取れたスマートな船体に長大な飛行甲板を持つ姿など、帝国海軍の主力として常に最前線で戦ったその勇姿を味わうことができる内容となっています
●空母「翔鶴」の太平洋戦争開戦時の状態を再現した内容となっています
●フジミ社製「日本海軍 航空母艦 翔鶴 1941年」をベースに、本キット用の木甲板シート「日本海軍航空母艦 翔鶴 専用木甲板シール」をパッケージした限定バージョンとなります【 「日本海軍 航空母艦 翔鶴 1941年 (昭和16年) デラックス (白線印刷済み木甲板シール付き)」のキット内容について 】
●帝国海軍の航空母艦「翔鶴」を再現したプラスチックモデル組立キットです
●空母「翔鶴」の実艦のディテール再現に重きを置き、細分化されたパーツとパーツ上に施された細かな凹凸あるモールドで、「翔鶴」の複雑な構造を再現した内容となっています
・ スポンソン部の支柱などこれまでのキットでは一体成型されていた裏側の部分を別パーツ化することで実感豊かに再現、「翔鶴」が持つ複雑な構造物のディテールを再現しています
●艦体喫水線までが再現されたウォーターラインモデルです
●「翔鶴」の船体部は左右分割式で、これに船首、船尾甲板、飛行甲板、ボート収納甲板などを取り付ける構成となっています
●船体部には、格納庫側面が一体成型されています
・ 船体部の内部には船体の歪みを防ぐ大型の桁のパーツが多数用意されています
・ 船体部には、舷外電路、舷側の舷窓、フェアリーダー、塵捨管などの細部が再現
・ 舷窓には雨樋の彫刻が施されています
・ ウォーターラインモデルに欠かせない船体下を塞ぐ平らな船底パーツが付属、オモリとなるバラストも付属しています
●上甲板は、船首部分、船尾部分、そしてボート収納デッキに分割されています
・ 甲板上には、アンカーチェーン導板、リール、ボラード、ボート用架台などの細かなディテールが再現されています
●飛行甲板は、一体で成型されており、エレベーター部分は別パーツとなっています
・ 飛行甲板上には、木甲板、甲板継ぎ手、滑走制止装置基部などがモールドされています
・ 飛行甲板裏側には細かな桁が再現されています
・ 前後に存在する飛行甲板支柱は、それぞれ別パーツとなっています
「翔鶴」の艦上の構造物は下記のようなパーツで構成されています
●艦橋
・ 艦橋の主要部は8パーツで構成されています
・ パーツ分割により、舷窓、扉などのディテールが表現されています
・ トップには94式高射装置が別パーツで再現
・ 方位測定アンテナ、1.5m測距儀、60cm探照灯(4個)が別パーツ再現され、探照灯はクリアーパーツとなっています
●マスト基部は三脚楼型、トップは単楼型で、4パーツにより細かな構造が再現されています
●通信マストは3分割式となっています
● 煙突
・ 本体部分は上下2分割式となっており、トップと整流板が別パーツとなっています
・ 表面上には緊急用排煙口などのモールドが彫刻
・ トップは開口処理済みで、雨水カバー金網が表現されています
・ 煙突内部の整流板もシャープに再現
●機銃用スポンソンはブロックごとに別パーツとなっており、下面の補強板が一体成型で1枚ずつ再現
・ スポンソン部の支柱は別パーツで、複雑な構造が再現されています
●高角砲「40口径 89式 12.7cm連装高角砲」 ×8
・ 右舷後部は煙突の煙除けのシールド付き(A1型改2)、左舷と右舷前部はシールド無しの状態が再現(A1型)
・ シールド付きの高角砲は、連装式に成型された砲身部と、シールド部で構成されています
・ シールド無しの高角砲は、砲身部と砲架部との2パーツで構成
・ 高角砲支柱は別パーツで、複雑な形状を再現
●対空機銃
・ 25mm 3連装機銃 ×10
・ 25mm 3連装機銃(シールド付き) ×2
●艦載機
・ 艦載機は、本体、キャノピー、脚、尾脚、プロペラのパーツ構成となっており、機種による爆弾類の武装(増槽)が別パーツ化されています
・ 艦載機はクリアーパーツとなっています
●艦載機内容
・ 零式艦上戦闘機21型 ×3
・ 99式艦上爆撃機 ×3
・ 97式艦上攻撃機 ×3
●内火艇、カッターなど
・ 12m内火艇 ×5
・ 13m特型運搬船 ×2
・ 8m内火ランチ ×1
・ 中型カッター ×2
・ 小型カッター ×1
●その他の艤装を再現したパーツとして
・ 艦首、艦尾旗竿
・ 錨、副錨
・ 菊花紋章(前部フェアリーダー含む)
・ パラベーン
・ 舷々門
・ 94式高射装置
・ 110cm探照灯(クリアーパーツ)
・ 魚雷及び魚雷運搬台車
などがセットされています
【 付属する木甲板シートについて 】
●上甲板の木目表現を再現するための木製の甲板シート「日本海軍航空母艦 翔鶴 専用木甲板シール」が付属しています
●レーザーカッターで加工、及び木調に不規則性を持って着色された木甲板シートで、塗装では表現が難しい木甲板の模様がリアルに再現されています
・ シートは極薄で仕上げられ、裏紙を剥がせばそのまま貼ることができます
●木甲板シールの上には、センターラインの白線、及び艦名表示があらかじめ印刷されています
●飛行甲板上のディテールを再現するエッチングパーツが付属しています
●エッチングパーツの内容は
・ エレベーター ×3
・ 滑走制止装置 ×2
・ 着艦制動装置 ×8
・ 甲板継ぎ手
などとなっています
●飛行甲板上に書かれた表示線、艦名表記、着艦標識、艦尾の軍艦旗(直線タイプとなびいているタイプ)、艦載機の日の丸マークなどを再現したデカールが付属しています
●スポット生産品【 「航空母艦 翔鶴」について 】
●帝国海軍は、世界初の新造空母「鳳翔」から始まり、「赤城」、「加賀」に続く設計と運用に実験が繰り返され、「蒼龍」、「飛龍」で空母としての形が出来上がりました
●しかし、「蒼龍」、「飛龍」は軍縮条約の下での設計であり、全体に小ぶりで、防御面においても十分とは言えませんでした
●「翔鶴」型は、1937年から建造が始まった新鋭艦で、それまでの空母運用と設計のノウハウをベースとしながら余裕を持って作られており、帝国海軍の理想の空母を実現した姿で生まれました
●排水量は25,000トン、戦艦「大和」よりも大出力の160,000馬力の機関を搭載、それにより大型の艦ながら最高速度34ノットという高速性を持っています
●また、防御力は強力となり、主要部分の装甲が強化、船体は水雷への防御力も大幅に向上、性能的には当時の世界最高水準を誇っていました
●「翔鶴」は1941年8月に竣工、同年9月に竣工した同型艦「瑞鶴」と共に「第5航空戦隊」を編成、近々に予想される日米開戦に向けて急ピッチで乗員や航空機の搭乗員の練成訓練が実施されます
●この「第5航空艦隊」を傘下に収める「第1航空艦隊」は、空母を集中して運用するという帝国海軍の新しい考え方から発案されたもので、「第1航空戦隊」の「赤城」、「加賀」、「第2航空戦隊」の「飛龍」、「蒼龍」、「第5航空戦隊」の「翔鶴」、「瑞鶴」、そして護衛の艦隊を傘下に持ち、その艦載機による打撃力は、当時の列強国の艦隊とは比べ物とならない程の絶大な威力を誇っていました
・ 当時それほど注目されなかったのは、航空機では戦艦などの強力な艦艇を沈めることはできないという大鑑巨砲主義が蔓延していたからです
・ 「第5航空戦隊」は、性能的には「第1、第2航空戦隊」の空母を凌駕しており、真珠湾攻撃は同戦隊の戦力化を待って立案されたという説も有ります
●この「第1航空艦隊」は、1941年12月の真珠湾攻撃に参加し、多数の艦載機による攻撃力の大きさを世界に示すこととなります
●続く、ポートダーウィン攻撃、セイロン沖海戦などに参加、特にセイロン沖海戦では海上で航行するイギリスの巡洋艦に対し、航空攻撃が80%以上の命中率を上げるなど移動目標に対して攻撃する練度の高さと、艦載機の優秀さを誇りました
●「第5航空戦隊」は、世界初となる空母同士の戦いとなる「珊瑚海海戦」に参加、アメリカの大型空母「レキシントン」を撃沈、中型空母の「ヨークタウン」を中破させるという戦果を挙げますが、「翔鶴」自身も3発の爆弾を被弾、また航空機搭乗員も多く失ったため、修理と補充の関係から続く「ミッドウェー作戦」には参加できませんでした
●「ミッドウェー作戦」の失敗により「赤城」、「加賀」、「蒼龍」、「飛龍」という主力空母を失った帝国海軍は、「翔鶴」、「瑞鶴」を空母機動部隊の中核として位置付けしました
●そして、ガダルカナル島沖での「第2次ソロモン海戦」、「南太平洋海戦」など「翔鶴」、「瑞鶴」は死闘を繰り広げます
●これらの戦いにおいてアメリカ空母「ホーネット」を撃沈するなどの活躍をしましたが、「翔鶴」も4発の爆弾を被弾して大破、そして激しい戦いにより航空機とその搭乗員の消耗は激しく、以後は修理と航空機搭乗員の練成を行なうこととなりました
●しかし、南太平洋戦域での戦いに、練成中の航空隊が次々と引き抜かれて行くようになり、空母機動部隊としての運用ができない状態となってしまいます
●1944年6月に行なわれた「マリアナ沖海戦」では、帝国海軍は9隻の空母を集中的に運用してアメリカ軍との一大決戦を挑みます
●「翔鶴」は、その中核となっており、活躍が期待されましたが、それまでの経緯から航空機の搭乗員の練成不足は明白で、往時の航空隊の能力と比べ物にならず、それに対してアメリカ軍は、練度が高く、航空機、兵器、空母もより強力となっていました
●同艦は、航空機隊の発艦時にアメリカ潜水艦の攻撃に遭い、4発の魚雷が命中、それに伴い気化した航空機燃料に引火、大火災が発生し、撃沈してしまいます
●この海戦の結果は、帝国海軍側の一方的な敗北に終わり、以後帝国海軍は空母での決戦を計画することができず、その後の「レイテ沖海戦」では空母機動部隊を「おとり」としてしか使用できませんでした