YB-49 フライングウイング
「YB-49 フライングウイング (完成品) (ドラゴン 1/200 ウォーバーズシリーズ No.52012 )」です
●「YB-49 フライングウィング」です
●戦後のアメリカ空軍における試作重爆撃機「YB-49 フライングウィング」を1/200スケールで再現したプラスチック製彩色済み完成品モデル
・ 試験飛行時に見られた無塗装ベアメタル状態の「YB-49 フライングウィング」を再現した内容となっています
●完成品モデルですので、パッケージから取り出してすぐディスプレイする事ができます【 「YB-49 フライングウイング 試作重爆撃機」について 】
●アメリカの航空機製造メーカーノースロップ社の社主「ジャック・ノースロップ」は、かねてより将来の航空機の形は主翼のみで構成される「全翼機」となるであろうと予言し、その実用化を目論んでいました
●そんな中、1941年に当時のアメリカ陸軍航空隊が構想した超重爆撃機のトライアル候補として、ノースロップ社は全翼機型爆撃機の試作機会を得ることに成功、後に「YB-35」として世に出ることになります
●「YB-35」は1946年に進空したものの、当時まだ未踏の技術であった全翼機の技術的・運用的困難に直面することになり、開発計画は長期化、結局トライアルの勝者はずっと常識的なデザインのコンベア社の「B-36」が射止めました
●一方、アメリカ空軍は全翼機の魅力を捨てきれず、「YB-35」はエンジンをレシプロからジェットへ換装した上で「YB-49」となり、実験機として運用されることになります
●「YB-49」は高高度の滞空記録(非公認)や大陸横断速度記録を達成し、全翼機の可能性を知らしめた一方、困難な操縦性やエンジンの性能に起因する航続距離の不足といった問題を常に抱えていました
●そして、1948年「ミューロック陸軍飛行場」において1機が事故を起こし「グレン・エドワーズ大尉」ら乗員5名全員が死亡、その後も機体の不安定を訴えるパイロットが後を絶たず、1949年には計画は停止 ここに「YB-49」の歴史は幕を閉じてしまいます
●しかしながら、この後、「フライ・バイ・ワイヤ」などの新技術の下、「ジャック・ノースロップ」の夢は「B-2」爆撃機として結実するのですが、その影に「YB-49」が残した数々のデータが役立ったのは言うまでもありません【 「YB-49 フライングウィング」の製品内容について 】
●この全翼型爆撃機「YB-49 フライン ウィング」の試作実験機を再現したプラスチック製完成品モデル
●SF的な「YB-49」の機体をシャープな造形で再現 スケール感を損なわない程度のパネルラインが凹モールドで再現されています
・ パネルラインにはスミ入れ処理は施されていませんが、機体上のラインはタンポ印刷にて再現されています
●機体4ケ所の境界層板と一体になった垂直翼は極めてシャープに再現 右翼端のY字形ピトー管も繊細なパーツで再現されています
●ランディングギアは着陸時に展開した脚と閉じた状態の脚カバーがセットされており、「飛行状態」「駐機状態」を選択して再現する事ができます
●「YB-49 フライング ウィング」の機体は数種類の光沢の異なるシルバーで塗装され、当時の無塗装のベアメタル外皮を再現しています
・ マーキングは試験飛行時を再現しています
・ 機体のウォークラインやハイビジの国籍マークはタンポ印刷にて再現されています
・ コクピット窓は塗装で再現 周囲のアンチグレアとは違う黒で塗装されています
●飛行状態で飾ることができるディスプレイ用のスタンドが付属【 「YB-49 フライングウィング」のパッケージ内容 】
●「YB-49 フライング ウィング」 ×1機入
●ディスプレイ用スタンド ×1
●プラスチック製 彩色済完成品モデル
・ 塗装済み完成品ですので、パッケージから取り出してすぐディスプレイする事ができます