日本海軍 条約型1万t重巡洋艦 高雄型 摩耶 1944 (新考証&新パ-ツ)
「日本海軍 条約型1万t重巡洋艦 高雄型 摩耶 1944 (新考証&新パ-ツ) (プラモデル) (アオシマ 1/350 アイアンクラッド No.009437 )」です
●「日本海軍 条約型1万t重巡洋艦 高雄型 摩耶 1944 (新考証&新パ-ツ)」です
●太平洋戦争時における帝国海軍の「重巡洋艦 摩耶」を1/350スケールで再現したプラスチックモデル組立キット
●日本の重巡洋艦を代表する存在である「高雄型重巡洋艦」の3番艦である「摩耶」を再現、巨大な艦橋構造物に対空兵装を増強した「高雄型重巡洋艦」の中では最も異彩を放つ独特のシルエットを再現した内容となっています
・ 防空巡洋艦として対空兵装が強化された1944年時の姿を再現しています
●アオシマ社製「重巡洋艦 摩耶 1944」をベースに、最新の考証に基づき、13号電探、作業灯、後檣の上部及びヤード、高角砲の上部カバー、通風搭などを再現した新規パーツを追加、航空作業甲板などを再現するエッチングパーツを付加した再リテイク版となります【 「日本海軍 条約型1万t重巡洋艦 高雄型 摩耶 1944 (新考証&新パ-ツ)」のキット内容について 】
●1/700スケール培われた艦船モデル技術を下敷きに、1/350スケールで「重巡洋艦 摩耶」を再現、アオシマ社らしいエッジの立ったシャープなモールドで艦の細かな造りを表現し、リテイク版を重ねたことにより、実艦の姿により正確に迫った内容となっています
●「重巡洋艦 摩耶」は、対空兵装が強化された防空巡洋艦としての1944年時の姿が再現されています
●付属しているエッチングパーツは、プラパーツとの選択式となります
●喫水線以下も再現されたフルハルモデルです
●「重巡洋艦 摩耶」の基本船体は「上甲板」「船体部」の2分割式となっています
●船体部は左右分割式のパーツ構成、鋼板の継ぎ目、舷側の舷窓、フェアリーダー、ホースパイプ、梯子などがモールドされています
・ バルジとビルジキールは別パーツとなっています
・ 船体組立時に船体部の歪みを防ぐ、桁のパーツが付属
・ 船底部の推進軸、スクリュー、舵を再現したパーツが付属、舵は基部に装着させるポリキャップにより可動します
・ 舷外電路を再現するアオシマ社製「巡洋艦用 舷外電路セット」のランナーが1枚付属しています
●上甲板は、前部、後部、シェルター甲板、航空機作業甲板で分割されています
・ 甲板上には、リノリウム押さえ、滑り止め、航空機運搬用レールの基本躯体の他、昇降口、天窓などの細かなディテールが再現されています
・ シェルター甲板下部の魚雷発射管デッキは、別パーツです
●上甲板上の構築物となる「艦橋部」「主砲部」「高角砲部」「カタパルト部」「煙突部」「後部艦橋部」などを個別にブロック化して構成、それぞれを甲板上に取り付けて完成させます
「重巡洋艦 摩耶」の艦上の構造物は下記のようなパーツで構成されています
●艦橋
・ 艦橋は、上部と下部とで分割され、上部は5層、下部は左右及び前後の4パーツで構成されています
・ 羅針艦橋内部が再現、各双眼鏡、羅針盤などがパーツ化
・ 艦橋の窓はクリアーパーツとなっています
・ 艦橋下部の遮風板は別パーツです
・ 上部の測距儀、射撃指揮所は各1パーツで構成されています
・ 艦橋側面の機銃座、各スポンソンは個別にパーツ化
・ 艦橋部分を構成する、94式高射装置(×2)、探照灯(×2)、作業灯(×2)、双眼鏡(×28)、1.5m測距儀(×2)、22号電探(×2)、25mm3連装機銃(×2)などがパーツ化されています
●艦橋前構造物
・ 艦橋前部の構造物は左右分割式で、各機銃座は個別にパーツ化されています
・ 機銃座の支柱もパーツ化
・ 艦橋前構造物に装備される、25mm3連装機銃(×3)がパーツ化
●メインマスト
・ メインマストは左右、後部の3分割式で、ヤードとトップの単檣部は別パーツです
・ 中央部の電探室は左右分割式です
・ マストに装備された、21号電探(×1)、13号電探(×1)がパーツ化
● 煙突
・ 本体部分は左右分割式で、煙突トップ部の雨水カバーは別パーツです
・ 雨水カバーは開口処理されています
・ 側面の各副管は1本ずつ別パーツとなっています
●中央機銃座
・ 中央部の機銃台座は一体成型となっており、後部の機銃台座は個別にパーツ化されています
・ 探照灯台座は、支柱部分が甲板部分等に一体成型され、ブルワークがパーツ化
・ 機銃座に装備される、25mm3連装機銃(×8)、110cm 探照灯×2が付属
●探照灯台
・ 探照灯台は、基部が甲板部に一体成型され、上部は別パーツです
・ 110cm探照灯(×2)が付属
●後檣
・ 後檣は三脚檣型、トップは単檣となっています
・ 後檣の下部は一体成型で、これにヤード、単檣部、クレーンなどを取り付けます
・ マスト部に存在する観測所などが再現されています
●カタパルト 「呉式2号5型射出機」 ×2
・ カタパルトは左右分割式です
・ カタパルトの左右トラス部分は開口処理されています
●主砲塔部 「50口径 3年式 20cm連装砲 E1型」 ×4
・ 砲塔は上下分割式、砲身部分は1本づつに分割されています
・ 砲身は差し込み式により上下可動します
・ 砲身部分には防水カバーが表現されています
・ 測距儀は別パーツとなっています
・ 主砲塔は甲板側に内臓するポリキャップにより、旋回可動式です
●高角砲 「40口径 89式 12.7cm連装高角砲」 ×6
・ 高角砲は、連装式に一体成型された砲身部と、砲架、上部の砲身カバーとで構成されています
・ 高角砲のブルワークは各1パーツで構成
●対空機銃 「25mm 3装機銃」 ×13、「25mm単装機銃」 ×12
・ 3連装機銃は3連装式に一体成型された銃身部と、銃架との2分割式です
・ 単装機銃は一体成型となります
●魚雷発射管 「92式 61cm 4連装発射管 1型」 ×4
・ 魚雷発射管は、発射管本体と、台座及び魚雷先端部との2分割式です
・ 予備魚雷を再現したパーツが付属
●内火艇、カッター及びボートダビッド
・ 内火艇 ×1
・ 内火ランチ ×1
・ 9mカッター ×2
●艦載機 「零式3座水上偵察機」 ×2
・ 艦載機は左右分割式の胴体、主翼、水平尾翼、フロートで構成されています
●その他の艤装を再現したパーツとして
・ 艦首旗竿
・ アンカーチェーン(金属製のチェーンで再現)
・ 錨、副錨
・ ケーブルホルダー
・ キャプスタン
・ リール
・ ボラード
・ パラベーン
・ デリック
・ 通風塔
・ 応急舵
・ 菊花紋章
・ プロペラガード
などがセットされています
付属しているエッチングパーツについて
●航空機作業甲板部分などを再現するエッチングパーツが付属しています
・ エッチングパーツは、アオシマ社製「日本海軍 巡洋艦 摩耶 1944 新考証用 エッチングパーツ」に含まれているエッチングシートの1枚と同じものとなります
●エッチングパーツの内容は
・ ラッタル
・ 航空機作業甲板部の手摺り
・ 航空機作業甲板
・ 航空機軌条
・ ターンテーブル
などと、なっています
●船体をスタンドに置く非固定式のタイプと、付属の金属製ビスとナットを使用する固定式の2種の展示用スタンドが付属しています
●艦首及び舷側の喫水表記、艦載機の日の丸マークなどを再現したデカールが付属
●旗竿に掲げられる軍艦旗などを再現したペーパーシートが付属しています
●2013年 一部新金型【 「重巡洋艦 摩耶」について 】
●重巡洋艦「摩耶」は、「高雄型」の3番艦として1932年に竣工しました
●「高雄型」の他の3隻は対空射撃を実施できるように最大仰角を70°まで引き上げた「E型」と呼ばれる主砲塔を装備していましたが、毎分の発射速度が2、3発でであったため対空射撃の効果が疑問視され、「摩耶」では最大仰角55°とした「E1型」が搭載されています
●「摩耶」は近代化改装を実施しないまま太平洋戦争を向かえ、フィリピン、マレーの攻略作戦に参加、後にオランダ領インドネシアの攻略作戦にも従事します
●一旦、空母機動部隊(「第1航空艦隊」)に合流して「ポートダーウィン空襲作戦」に参加、その後機動部隊から離脱して南方での作戦に就きます
●この際、イギリスの駆逐艦1隻とオーストラリアの護衛艦1隻などを撃沈、1942年4月に内地に帰投しました
●1942年6月の「ミッドウェー海戦」では、その陽動作戦となる「アリューシャン列島攻略作戦」に参加、「アッツ島」「キスカ島」の占領に成功します
●1942年8月、アメリカ軍がソロモン海域の「ガダルカナル島」に上陸、以後この島を巡って日米双方の激闘が繰り返されました
●「摩耶」は、アメリカ軍上陸の一報を受け「トラック島」に進出、「第2次ソロモン海戦」に参加し、アメリカ艦載機の攻撃を受けますが、損傷は無く、帰還します
●同年10月に「摩耶」は他艦と協同で「ガダルカナル島」のアメリカ軍飛行場の砲撃を実施、同月の「南太平洋海戦」にも参加しました
●1942年11月、「ガダルカナル島」の飛行場を夜間砲撃による無力化を図る日本の艦隊と、それを阻止するアメリカ艦隊との間で「第3次ソロモン海戦」が発生、これは第1夜と第2夜に分かれており、日米双方の大激戦となりました
●第1夜において、アメリカの巡洋艦隊を壊滅させた連合艦隊でしたが、戦艦「比叡」を失うという損害を受けており、飛行場砲撃も実施できませんでした
●そこで、第1夜の翌日、重巡洋艦「摩耶」「鈴谷」を主力とする艦隊に飛行場砲撃の任務が与えられ、この艦隊はこの砲撃任務に成功します
●ところが、その帰路でアメリカの艦載機及び飛行場から発進した航空機の空襲を受け、「摩耶」は「ドーントレス」急降下爆撃機の体当たり攻撃により中破してしまいます
●「摩耶」は「トラック島」を経て1943年1月に内地へと帰投、修理を受けます
●1943年3月、修理が完了した「摩耶」はアリューシャン方面で活動、その後同年11月には「ブーゲンビル島」への逆上陸作戦に備えて「ラバウル」に入港します
●しかし、同地はアメリカ艦載機の空襲を受け、「摩耶」はカタパルト付近に1発の爆弾を被弾、一時は沈没も予想された状態となりましたが、何とか応急修理に成功し、「トラック島」に逃れることに成功しました
●その後、「摩耶」は内地へと帰還、修理を受けました
●この修理の際に、太平洋戦争開戦により中止された近代化改装と、対空兵装の強化が行われ、飛行甲板とバルジの増設、第3主砲塔を撤去して機銃座を設置、高角砲も従来の12cm単装砲4門から、12.7cm連装高角砲6門と大幅に増強されています
●ただし、「高雄」「愛宕」のような艦橋の小型化は行われていません
●1944年5月、「摩耶」は空母機動部隊が集結していたフィリピン南方の「タウイタウイ泊地」へと進出します
●この頃、アメリカ軍はその兵力を充実させ、ソロモン海域の制海権、制空権を握り、日本軍を圧倒しつつありました
●また、連合艦隊の一大拠点「トラック島」は大空襲により無力化、日本の首脳部はマリアナ諸島を絶対防衛圏として陸上部隊を増強させて防御体制を取っていました
●ところが1944年6月、アメリカ軍がマリアナ諸島への上陸を開始、この報を受け、連合艦隊は練成訓練中の空母機動部隊を出撃、「マリアナ沖海戦」が発生します
●連合艦隊は、この海戦を一大決戦として、その保有する艦隊航空戦力の全てを投入しましたが、肝心の航空隊は、ソロモン海域での消耗戦により大きなダメージを受けており、その練度は低く、参加した艦載機数は多いものの、員数合わせ的なものとなっていました
●対するアメリカ軍は充分な訓練と実戦経験、そして充実した戦力と防空態勢を誇っており、その結果は「マリアナでの七面鳥撃ち」と呼ばれる程、一方的なものとなりました
●「摩耶」は、同海戦において前衛部隊として参加、アメリカ艦載機による空襲を受け、至近弾により損傷、内地へと帰投します
●1944年10月、アメリカ軍がフィリピン東部の「レイテ島」に上陸、フィリピンを失うことは南方への補給路が断たれることを意味しており、日本の陸海軍は全力を挙げて決戦に挑みました
●ただし、連合艦隊は先の「マリアナ沖海戦」で艦隊航空戦力のほとんどを失ってしまい、もはや航空戦を行う能力は無く、この決戦である「レイテ島沖海戦」において空母機動部隊を「囮」として運用、水上戦力でアメリカ艦隊にダメージを与える方針を採ります
●「摩耶」は、僚艦「高雄」「愛宕」「鳥海」と供に水上戦力の中核となる「栗田艦隊」に配属、艦隊は泊地であったブルネイを出航しました
●「栗田艦隊」はフィリピン中央部を進み、目的地である「レイテ島」を目指しましたが、フィリピン西方のパラワン水道においてアメリカ潜水艦2隻の攻撃を受け、「摩耶」は4本の魚雷を被弾、その苦闘に満ちた生涯を閉じています
●なお、この攻撃は「高雄型」に集中して行われ、「高雄」が大破、「愛宕」も失われており、連合艦隊の落日を象徴するかのような悲劇的な出来事となりました