レイテ沖海戦時 西村艦隊 第二戦隊 扶桑・山城

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「レイテ沖海戦時 西村艦隊 第二戦隊 扶桑・山城 (プラモデル) (フジミ 1/700 特シリーズ SPOT No.特SPOT-041 )」です
●太平洋戦争後期における帝国海軍の戦艦「扶桑」と戦艦「山城」を1/700スケールで再現したプラスチックモデル組立てキット
●戦艦「扶桑」「山城」は両キット共に1944年の対空兵装強化時の姿が再現されています
●フジミ社製「日本海軍戦艦 扶桑 昭和19年」と「日本海軍戦艦 山城 昭和19年」をパッケージしたスポット生産品です
・ 両キットを単品で揃えるよりも価格的にお得な内容となっています
【 「第2戦隊 西村艦隊 扶桑・山城」について 】
●帝国海軍の戦艦「扶桑」「山城」は、巡洋戦艦「金剛型」をベースとして攻撃力を向上させた艦でしたが、6基の主砲塔による弾薬庫の配置などから防御力に問題点を抱えていました
●太平洋戦争は、空母機動部隊の航空機による真珠湾の奇襲攻撃により開戦し、その後も空母機動部隊が海戦の主役となります
●しかし、帝国海軍内部での主力艦同士の艦隊決戦により戦争の雌雄を決するという思想は根強く、戦艦「扶桑」「山城」などの主力艦は内地に温存されていました
●この温存策は、ソロモン海域において日米の艦隊が死闘を繰り広げていた頃もそのまま継続され、戦艦「金剛型」がアメリカ海軍の新鋭戦艦と対峙した際もそれが変わることはありませんでした
●1944年10月、アメリカ軍はフィリピン東部のレイテ島に上陸を開始、フィリピンを失うことは南方からの補給路が断たれることを意味しており、帝国陸海軍は総力を挙げて、これを撃退する作戦を開始します
●帝国海軍は、1944年6月のマリアナ沖海戦で艦隊航空隊のほとんどを喪失しており、空母機動部隊を囮として出撃させてアメリカの機動部隊を惹き付け、その間隙を突く形で水上部隊によってレイテ島の上陸部隊とその護衛の艦隊を叩くという方針を採りました
●その編成は、主力として戦艦「大和」「武蔵」などを擁する第2艦隊の「栗田艦隊」、その隷下となる第2戦隊の戦艦「扶桑」「山城」を中心とした「西村艦隊」、巡洋艦を主体とする第5艦隊の「志摩艦隊」、そして空母機動部隊の「小沢艦隊」などで構成されていました
●「西村艦隊」はフィリピン南部からレイテ島を目指すコースで突き進み、レイテ島のスリガオ海峡に達します
●作戦の方針としては、「栗田艦隊」と同時にレイテ島に突入する予定でしたが、「栗田艦隊」との連絡が付かない状態となっており、「西村艦隊」は単独でレイテ島のアメリカ艦隊への突撃を敢行しました
●しかし、アメリカ艦隊は万全の態勢で「西村艦隊」を迎え撃ち、戦艦「扶桑」は駆逐艦の雷撃によって途中で脱落、戦艦「山城」は集中砲火を浴びる結果となります
●絶望的な状況下にありながらも戦艦「山城」は砲撃を行い、アメリカの戦艦群へと肉薄、しかし猛烈な砲火の前に力尽き、砲撃を続けながらもその姿を波間に消して行ったのでした
【 「レイテ沖海戦時 西村艦隊 第二戦隊 扶桑・山城」のキット内容について 】
●この帝国海軍の戦艦「扶桑」と「山城」を再現したプラスチックモデル組立キットです
●フジミ社製「日本海軍戦艦 扶桑 昭和19年」と「日本海軍戦艦 山城 昭和19年」をワンパッケージにまとめた内容となっています
●艦体喫水線までの船体部分が再現された洋上モデルです
●キットの詳しい内容については、それぞれの個別ページをご参照下さい
【 「レイテ沖海戦時 西村艦隊 第二戦隊 扶桑・山城」のパッケージ内容 】
・ 帝国海軍 戦艦 扶桑 ×1
・ 帝国海軍 戦艦 山城 ×1
・ デカールシート ×2枚
●スポット生産品

