日本海軍 病院船 氷川丸
「日本海軍 病院船 氷川丸 (プラモデル) (ハセガワ 1/350 Z帯 No.40086 )」です
●「日本海軍 病院船 氷川丸」です
●太平洋戦争時における帝国海軍の病院船「氷川丸」を1/350スケールで再現したプラスチックモデル組立キット
●戦線後方の移動医療拠点、そして負傷兵の内地への後送用として活躍した病院船「氷川丸」を再現、定期航路の貨客船に用いられていた船体全身を白色に染めた優美なシルエットを表現した内容となっています【 「日本海軍 病院船 氷川丸」のキット内容について 】
●この帝国海軍の病院船「氷川丸」を再現したプラスチックモデル組立キットです
●大スケールを活かして病院船「氷川丸」を再現、ハセガワ社のリサーチ力のよるディテール表現と、同社らしい繊細なタッチにより舷側部の外板の継ぎ目などが表現され、軍艦とはデザインが異なる貨客船ベースのフルハルの艦船モデルの魅力を楽しむことができる内容となっています
●ハセガワ社製「日本郵船 氷川丸」をベースに、船体上部の赤十字表示などの新規パーツと、舷外電路類を再現した専用のエッチングパーツをセットしたバリエーションキットとなります
●白色に塗られた病院船にのっとり、「氷川丸」を構成するキットのパーツ成型色は全てホワイトとなっています
●喫水線以下も再現されたフルハルモデルです
●「氷川丸」の船体は左右分割式で、これに甲板部を接着、そして上部の各デッキを積み上げて行く方式となっています
●船体部には、プロムナードデッキ部の壁面、ビルジキールが一体成型されています
・ 船体には、舷窓、ホースパイプ、外板の継ぎ目がモールドされています
・ プロムナードデッキの窓は開口処理済みです
・ 船体の歪みを防ぐための桁のパーツが付属しています
・ 推進軸の張り出し部、舵、スクリュー、錨がパーツ化
・ 舷外電路は付属のエッチングパーツで再現します
●甲板部は、船首楼甲板、船首甲板、船尾甲板、ボートデッキ、ボートデッキハウスの5分割式です
・ 甲板部には、木甲板の表現の他に、波除け板、船倉扉、ボラード、リール、天窓、通気口などのディテールが再現されています
・ アンカーチェーンは、付属の金属チェーンにより再現します
●プロムナードデッキ部は、デッキ床面と船室部の壁面で構成されています
・ デッキ床面には木甲板表現がモールド
・ 船室部の壁面は、各パネルを貼り合せる方式です
・ 船室部壁面には、窓、扉がモールドされています
・ 船室部壁面の歪みを防ぐ桁のパーツが付属
●船橋部は各パネル、床面を貼り合せる箱組み方式です
・ 船橋の窓が開口処理されており、窓はクリアーパーツとなっています
・ 船橋内部の舵輪、コンパスなどがパーツ化
・ 船橋上部に設置された方位測定器(×1)、コンパス(×1)、探照灯(×2)がパーツ化され、探照灯はクリアーパーツです
●煙突は前後分割式で、トップは別パーツです
・ 煙突側面に付けられた赤十字表示がパーツ化、電飾用の電燈がモールドされています
●マスト
・ 各マストは一体成型となっており、横桁は別パーツです
・ 前後のデリックは各1パーツ構成
●赤十字表示
・ 船体上部に掲げられた赤十字表示は、プラパーツとエッチングパーツが付属、選択して使用します
・ 赤十字表示は、プラパーツ、エッチングパーツ共に、本体と2本の支柱とで構成されています
・ 船体後部の赤十字表示はプラパーツによる1パーツで再現、表面部のディテールがモールドされています
●カッター及びボートダビッド
・ 各種カッター ×12
・ 通船 ×1
●その他の艤装を再現したパーツとして
・ 錨
・ 通気筒
・ ラッタル
・ ウインチ
・ 船首、船尾旗竿
などがセットされています
●展示用のスタンドが付属しています
●舷外電路と船体上部の赤十字表示を再現するエッチングパーツが付属しています
●フルディテールアップをする際には、ハセガワ社製「氷川丸」用のディテールアップパーツ
・ 氷川丸 エッチングパーツ ベーシック
・ 氷川丸 エッチングパーツ スーパー
・ 氷川丸 木製甲板
をご利用下さい
●キットの縮尺に合わせた病院船「氷川丸」のカラーの塗装図、及び主要張線参考図が付属しています
●旗竿の日章旗、船体部の緑色のライン、赤十字マーク、船名表示、喫水線表示などを再現したデカールが付属しています
●2013年 一部新金型
●スポット生産品
【 「病院船 氷川丸」について 】
●明治維新以後、日本は艦船の建造技術の向上を目指し、国策として重工業を発展させて行きます
●また、資源に乏しい国情から日本の近代化には貿易が欠かせず、保有船舶は増加の一途を辿り、貿易額の拡大と共に第1次世界大戦後には、イギリス、アメリカに次ぐ世界第3位の海運国へと躍進しました
●北米への定期航路は、海運国日本にとっては極めて重要な航路で、比較的性能の優秀な船が就航しており、アメリカやカナダの海運会社との競走が行われていました
●「氷川丸級」貨客船は、この北米航路用として1920年代の後半から建造が始まった12,000tクラスの中型の貨客船で、3隻が建造されました
●1番船の「氷川丸」は1930年に竣工、同年5月の「横浜~シアトル」間の処女航海を皮切りに、北米への定期航路に就航します
●「氷川丸」は大型客船ほどの豪華な装備は施されていませんでしたが、当時の日本の最先端の料理人による料理と、良質な接客サービスは高い評価を受け、日本のみならず外国の要人も同船を指定して乗船するほどの人気を博しました
●しかし、1941年になると日米の関係は冷え込み、同年中頃に北米航路は廃止、「氷川丸」は帝国海軍に徴用されて病院船へと改造されることとなります
●この病院船「氷川丸」は、国際法に基づいた改造が行われ、船体を白色で塗装、船体中央部には軍用の病院船としての緑色の帯が入り、病院船を示すために巨大な赤十字マークが各部に描かれました
●また、夜間にも誤射を受けることのないように、船体上には電飾が付いた赤十字表示も付けられました
●一方、第2次世界大戦時における各国の病院船やそれに準じた船舶は、このような派手な塗装や敵国への事前通知があったにも関わらず、攻撃を受けて損傷する場合や撃沈される例も少なくはありませんでした
●病院船を運用する側も、国際法の規程に外れて病院船を兵員や武器の輸送などに用いる場合もあり、それは総力戦となった世界大戦の非情さを示すものとなっています
●「氷川丸」は、太平洋戦争が開戦すると南方へと進出、傷病兵に対しての医療拠点や、内地に向けての帰還船として活躍します
●特に、「氷川丸」の全身白色の姿は、戦場において傷付いた傷病兵から親しみを持って見られ、医療機器が充実して、敵から攻撃を受けないという存在はその心の拠り所となりました
●しかし、太平洋戦争が激化した戦争中期以降は、日本の船舶は潜水艦、航空機からの激しい攻撃を受けはじめ、「氷川丸」の同型船で特設艦として運用されていた「日枝丸」「平安丸」は戦没してしまいます
●病院船であった「氷川丸」は、本格的な攻撃を受けることはありませんでしたが、3度機雷に触雷、大きな損傷を受けるものの、生還することができました
●「氷川丸」は終戦時も残存、太平洋戦争による消耗により、かつては世界3位を誇った船舶数は見る影もなくなってしまいましたが、生き残った「氷川丸」は数少ない貴重な大型船舶として、戦後の復員船や定期航路の貨客船として再度活躍したのです