日本軽巡洋艦 龍田
「日本軽巡洋艦 龍田 (プラモデル) (ハセガワ 1/700 ウォーターラインシリーズ No.358 )」です
●太平洋戦争時における日本海軍の軽巡洋艦「龍田(たつた)」を1/700スケールで再現したプラスチックモデル組立キット
●日本海軍の近代的軽巡洋艦の雛形となった軽巡洋艦「天龍型」の2番艦「龍田」を再現、排水量3,500tの小型の船体に中央軸上に兵装を配置した、シンプルなシルエットを再現した内容となっています
●近代軽巡洋艦の黎明期に建造された「天龍型」の2隻は、「天龍」「龍田」とでは艦橋形状やリノリウムの張り方、装備する内火艇の種類などが異なっており、新資料に基づきこの相違点を再現しています
【 「日本軽巡洋艦 龍田」のキット内容について 】
●日本海軍の軽巡洋艦「龍田」を再現したプラスチックモデル組立キットです
●2015年の完全新金型キット、従来のハセガワ社のウォーターラインシリーズのフォーマットに則りながら、マストや主砲、機銃などの細部は繊細な彫刻を施したパーツで再現、舷窓や扉などの船体上のディテールもスケール感に沿った微細なモールドで再現していますが、くっきりと輪郭が出るように成型されており、細部の再現を重視しながらも過度な演出によりスケール感を損なわぬような構成となっています
・ 静岡模型教材協同組合社製の「兵装セット」のランナーを使用することなく、機銃、内火艇も含めすべて新規金型で再現しています
●「龍田」は、1942年に対空兵装の増強が行われており、本キットは使用するパーツを選択することにより、太平洋戦争開戦時の状態と1942年7月以降の対空兵装増強時の姿とを選んで組み立てることができ、小粒な船体に兵装やディテールが詰まった姿を楽しむことができる内容となっています
●喫水線部分から上の部分を再現した洋上モデルです
●「龍田」は、「船体」「上甲板」「艦橋などの上部構造物」「主砲などの艤装類」の各ブロックごとに分割した構成となっています
●各ブロックをそれぞれ個別に組み立て、上甲板、構造物と艤装類を船体ブロックへと取り付けて完成させます
●船体は左右に分割したパーツで再現
・ 舷側の舷窓、塵捨て管、舷外電路、錨などのディテールを微細な凹凸あるモールドで再現しています
・ 舷側の鋼板継ぎ目を繊細なモールドで再現
・ 船体には歪みを防ぐ桁のパーツを挟み込んで組み立てます
・ 洋上モデルに欠かせない船体下を塞ぐ平らな船底パーツが付属、オモリの金属製バラストは付属していません
●上甲板は、錨鎖甲板、船首楼甲板、後部甲板の3パーツで構成
・ 新資料に基づき「龍田」の縦方向に張られたリノリウム押さえの形状を再現 (天龍は横方向に張られています)
・ 甲板上には、主砲塔台座、リノリウム押さえ、爆雷軌条などの基本構造の他、リール、ボラード、アンカーチェーン、ケーブルホルダーなどの細かなディテールを微細な凹凸あるモールドで再現しています
「龍田」の艦上の構造物は下記のようなパーツで構成しています
●艦橋
・ 「天龍」と異なる羅針艦橋の形状を再現しています
・ 艦橋は、上下の2ブロックで構成、上部ブロックは上下に分割したパーツで再現、下部ブロックは左右に分割したパーツで再現しています
・ トップの見張り台は天蓋パーツと一体化して再現(測距儀パーツは共通ランナー上に付属しています)
・ 艦橋窓枠は、窓の部分を一段凹んだ状態で再現し立体感を演出しています
・ 艦橋窓枠を再現したデカールも付属、モールドによる再現とデカールによる再現を選択することができます
●メインマスト
・ メインマストは三脚檣型、トップは1本の単檣となっています
・ 三脚檣部分は前後に分割したパーツ構成で、上部の単檣とクロスツリー部はそれぞれ一体成型のパーツで再現しています
・ トップの単檣は、ヤードが2本となる太平洋戦争開戦時の状態のパーツと、ヤードを1本に減らし短縮した形状の1942年7月以降の状態のパーツの2種をセット、選択して使用します
・ マスト上に設置された「須式探照灯」は別パーツ化して再現しています
・ 「須式探照灯」は開戦時にはメインマスト上に装備、1942年の対空兵装強化時には第1煙突と第2煙突の中央へ移動しており、取り付け場所を変えることでこの違いを再現しています
・ また、探照灯は、従来の探照灯のみを再現したパーツではなく、台座の一部を含んでパーツ化しています
・ マスト中央部の見張り所が別パーツ化、見張り所の窓は付属のデカールで再現します
● 煙突
・ 煙突は左右に分割したパーツ構成で、トップは別パーツ化して再現しています
・ 「天龍」と異なり1本にまとめられた1番煙突の副管を再現、副管のトップは別パーツ化して再現しています
●後檣
・ 後檣は単檣となっており、一体成型のパーツで再現
●中央構造物
・ 中央構造物は、左右に分割したパーツ構成で、これに天板パーツを取り付けて作製します
・ 側面の扉、梯子などのディテールをモールドで再現
・ 中央構造物に装備する、「須式探照灯」(×1)、「パラベーン」(×2)を別パーツ化しています
(「須式探照灯」はマスト用と共用のパーツとなっています)
●後部構造物
・ 後部構造物は、左右に分割したパーツ構成で、これに天板パーツを取り付けて作製します
・ 側面の扉、梯子などのディテールをモールドで再現
・ 後部構造物に装備する、「探照灯」(×2種各1)、「方位測定器」(×1)を別パーツ化しています
・ 艦後部の探照灯は、開戦時には「須式探照灯」を装備していましたが、1942年の対空兵装強化時には「96式探照灯」へと換装されており、2種の探照灯パーツをセット、選択して使用します
●機銃座
・ 船体中央部に装備された前後の機銃座は、一体成型のパーツで再現
・ 船体後部の機銃座は、1942年の対空兵装強化時以降の姿を再現する場合に取り付けます
・ 機銃座に装備する、「13mm単装機銃」(×2)(太平洋戦争開戦時)、「25mm連装機銃」(×4)(1942年7月以降)を別パーツ化して再現
●主砲塔部 「50口径 3年式 14cm単装砲」 ×4
・ 主砲は、砲身と砲架が一体成型となったパーツに、シールドを再現したパーツを被せて作製します
●魚雷発射管 「53cm 3連装発射管」 ×2
・ 魚雷発射管は一体成型のパーツで再現
●高角砲 「40口径 3年式 8cm高角砲」 ×1
・ 高角砲は一体成型のパーツで再現、仰角を付けた状態となります
●対空機銃 「13mm単装機銃」×2、もしくは「25mm連装機銃」 ×4
・ 機銃は一体成型のパーツで再現
●内火艇、カッター及びボートダビッド
・ 11m 内火艇 ×1
・ 9m 内火艇 ×1
・ 9mカッター ×2
・ 6m 通船 ×1
・ 「天龍」「龍田」では装備するダビッドが異なっており、「龍田」では全て「ラフィング式ボートダビット」を用いて内火艇類を格納しています
・ また、開戦時と1942年時では格納位置が微妙に変更されており、舷側パーツに空けられた穴を埋めることでこの変更に対応しています
●その他の艤装を再現したパーツとして
・ 菊花紋章
・ 艦首、艦尾旗竿
・ リール
などをセットしています
●艦尾の軍艦旗(直線タイプとなびいている状態の2種)、艦橋窓枠、艦載艇の艦名表示などを再現したデカールが付属しています
【 「日本軽巡洋艦 龍田」のパッケージ内容 】
・ 軽巡洋艦 龍田 ×1
・ デカールシート ×1
・ 組立て説明書 ×1
●2015年 完全新金型 (ハセガワ社製「日本軽巡洋艦 天龍」と同時発売)
【 「軽巡洋艦 天龍型」について 】
●第1次世界大戦は様々な海戦によって多くの戦訓を生み出し、この戦訓に沿うことで艦艇の様式が大きく変わった時期でもありました
●巡洋艦としては、全体を装甲で覆った主力艦となる装甲巡洋艦と、全体の装甲を省いて機関室などの重要区画の上部のみに装甲板を付けた防護巡洋艦という2種の艦が存在していましたが、第1次世界大戦後は速力の遅い装甲巡洋艦は巡洋戦艦と、重巡洋艦に、防御力が弱い防護巡洋艦は一定の装甲を持つ軽巡洋艦へと進化しています
●日本海軍は、直接大きな海戦に参加することはありませんでしたが、戦勝国を中心にその戦訓を学び、その戦訓を活かして新たなる艦の建造を行いました
●上記のように、それまでの防護巡洋艦はもはや時代遅れとなり、駆逐艦で編成される水雷戦隊の旗艦用として新たな艦種となる軽巡洋艦「天龍型」の建造が行われます
・ 「天龍型」では、当時の艦隊駆逐艦よりも2倍程度大きな船体に、駆逐艦の主砲よりも大きな14cm砲を搭載、この砲火力によって敵の駆逐艦に対して有利に戦うことができました
・ 水雷戦隊旗艦として、雷撃力も重視しており、3連装魚雷発射管を2基装備しています
●この「天龍型」は、欧米諸国での教導駆逐艦に相当する艦で、通常の教導駆逐艦よりも砲火力が強力という長所を持っていましたが、アメリカ海軍やイギリス海軍では軽巡洋艦としてより強力な艦の建造を進めており、砲火力も劣勢となるのは明らかとなりました
●このため、「天龍型」は2隻の建造で終了、後は「天龍型」よりも大型で砲の数も多い、5,500tクラスの軽巡洋艦の建造が行われています
●「天龍型」は2隻のみしか建造が行われませんでしたが、その様式は5,500tクラスの軽巡洋艦の雛形となり、日本海軍の軽巡洋艦の基礎を作ったのでした
【 「軽巡洋艦 龍田」について 】
●軽巡洋艦「龍田」は「天龍型」の1番艦として、1919年に竣工しました
●1924年、「龍田」は演習中に潜水艦と衝突するという事故を起こしてしまい、衝突した潜水艦は失われてしまいます
●「龍田」の竣工後に建造が行われた5,500tクラスの軽巡洋艦は逐次近代化改装が行われ、水雷戦隊旗艦としての性能を維持していましたが、「天龍型」の2隻は大きさが小さいことから大きな近代改装を受けることなく、竣工時に近い姿で太平洋戦争の開戦を迎えています
●戦争が開戦すると、「龍田」はウェーク島の攻略作戦に参加、砲撃により同島の砲台を一時無力化することに成功しますが、その後砲台と航空機による反撃を受け、駆逐艦2隻が戦没して、攻略部隊は一旦後退を余儀なくされました
●その後、機動部隊を含む増援部隊により、ウェーク島は陥落、日本軍は占領することができました
●その後、「龍田」は同型艦「天龍」と共にラバウルやニューギニア方面の攻略作戦に参加します
●1942年8月、アメリカ軍がガダルカナル島に上陸を開始、これにより日米の戦いの焦点は同島を含むソロモン海域へと移り、「天龍」は第1次ソロモン海戦や第3次ソロモン海戦などに参加します
●しかし、「龍田」は「天龍」と分離してニューギニア方面の輸送任務に従事、ガダルカナル島への輸送任務にも就いています
●1943年4月、旧式艦ということから輸送任務を主な任務としていた「龍田」は乗員練成を主とした第11水雷戦隊の旗艦を拝命します
●1944年3月、サイパン島への輸送船団の護衛部隊の旗艦になった「龍田」でしたが、サイパン島に向かう途上においてアメリカ潜水艦の攻撃を受け被雷、その生涯を閉じたのでした