日本軽巡洋艦 阿賀野 (プラモデル)タミヤ 1/700 ウォーターラインシリーズ No.314 スケール:1/700
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「日本軽巡洋艦 阿賀野 プラモデル (タミヤ 1/700 ウォーターラインシリーズ No.314 )」です●「日本軽巡洋艦 阿賀野 (あがの)」です●太平洋戦争時における帝国海軍の「軽巡洋艦 阿賀野」を1/700スケールで再現したプラスチックモデル組立キット ●従来の軽巡洋艦とは全く異なる近代的なフォルムを持つ「軽巡洋艦 阿賀野」を再現、スマートな船体に連装式の砲塔を搭載した端整なシルエットを再現した内容となっています ・ 1942年の「竣工時」の状態を再現しています 【 軽巡洋艦「阿賀野型」について 】●帝国海軍の軽巡洋艦は、1910年代から1920年代に建造された「球磨型」「長良型」「川内型」の14隻の5500tクラスと、それ以前に建造された「天龍型」のみで、その後の新規建造は進められませんでした ・ 軽巡洋艦「夕張」は、正式には大型駆逐艦として区分されており、実験艦の意味合いが強い艦でした ●1930年の「ロンドン軍縮条約」により、巡洋艦などの補助艦艇の保有制限総トン数が定められると、帝国海軍は8000tクラスの大型軽巡洋艦「最上型」「利根型」の建造を開始、しかし、これらの艦は条約脱退が意識され、容易に主砲塔を換装できるようになっており、実質的に重巡洋艦に近いものでした ・ 実際に「最上型」は主砲の換装により重巡洋艦となり、「利根型」は建造時の途中において主砲が変更されています ●1930年の後半になると、5500tクラスの軽巡洋艦はさすがに旧式化が目立ち始め、1939年に立案された建造計画により、水雷戦隊用の「軽巡洋艦 阿賀野型」4隻と、潜水戦隊用の「軽巡洋艦 大淀型」2隻の建造が進められます ●「軽巡洋艦 阿賀野型」は、5500tクラスからほぼ20年後に建造された軽巡洋艦で、従来のデザインとは全く異なる近代的なフォルムを持ち、「15.2cm砲」を連装式に3基搭載、魚雷兵装も「4連装魚雷発射管」を2基装備し、次発装填装置も付けられた強力な武装を持っていました ●また、スマートな船体形状と、10万馬力の機関から最高速度は35ノットを発揮、水雷戦隊を率いる旗艦として申し分無い性能を誇っています ●しかし、この水雷戦隊用としての役割を重視したため、主な対空兵装は「8cm連装高角砲」2基のみであり、1939年に計画された艦としては貧弱さが否めないのも事実でした ・ この「8cm連装高角砲」は、航空母艦「大鳳」などに搭載された「10cm高角砲」のスケールダウン版で、対空能力に優れた火砲でしたが、連装2基しか搭載されなかったことで航空戦となった太平洋戦争下では火力不足が明らかとなってしまいます ●「阿賀野型」は、1942年から1944年にかけて4隻が竣工、連合艦隊の組織的な戦闘が終結した後に竣工した4番艦「酒匂」以外は最新鋭艦として最前線に投入されて奮戦、活躍しましたが、3隻共に戦没しています 【 「軽巡洋艦 阿賀野」について 】 ●軽巡洋艦「阿賀野」は、「阿賀野型」の1番艦として1942年10月に竣工しました ●しかし、この時期、連合艦隊はガダルカナル島を巡る戦闘がピークを迎えており、「阿賀野」は艦の習熟期間の関係でその戦闘には参加できず、実質的に戦力化は戦局が悪化してからとなります ●1942年12月に「ウエワク攻略作戦」に「第10水雷戦隊」の旗艦として支援任務に参加、その後はトラック島を拠点にして行動し、輸送船団の護衛などの任務に従事します ●1943年11月、「ブーゲンビル島沖海戦」に参加、しかし、この海戦ではレーダー装備に優れたアメリカ艦隊が戦いを有利に進め、日本軍側の損害は大きいものでしたが、「阿賀野」は至近弾を多く受けたものの無傷で帰還します ●同月、ラバウルでの停泊中にアメリカ艦載機の雷撃を受けて1本の魚雷を被弾、応急修理の後に自力航行でトラック島に向かいますが、更にアメリカ潜水艦により魚雷を受けて航行不能に陥り、僚艦の曳航によりトラック島に到着することができました ●3ヶ月の応急修理が完了後、1944年2月に本格修理のために内地へと出発、ところが再びアメリカ潜水艦の雷撃を受けて2本の魚雷を被弾、火災と浸水が広がって手の付けられない状態となり、総員退艦の後にその姿を波間に没しました 【 「日本軽巡洋艦 阿賀野 (あがの)」のキット内容について 】●この帝国海軍の「軽巡洋艦 阿賀野」を再現したプラスチックモデル組立てキットです ●「軽巡洋艦 阿賀野」をシャープに再現、新たにセットされた艤装パーツ以外は1972年にキット化されたものですが、タミヤらしいカッチリとしたモールドと、実艦のポイントが押さえられており、ウォーターラインシリーズの傑作キットの一つです ●艦艇モデルでは、金型の関係でモールドが省略される場合が多い舷側部のディテールも再現、舷窓、舷外電路などもシャープな彫刻で再現されています ●「阿賀野」は、内地への帰還時に対空兵装の増強が行われており、キットでは1942年の「竣工時」の状態を再現しています ●艦体喫水線までが再現されたウォーターラインモデルです ●「阿賀野」の船体は、上下分割式です ・ 船体部は一体成型のパーツで構成され、舷窓、錨、舷外電路などのモールドが彫刻されています ・ ウォーターラインモデルに欠かせない船体下を塞ぐ平らな船底パーツが付属、オモリとなるバラストも付属しています ●上甲板は、船体に一体成型されています ・ 甲板上には、上部構造物、主砲塔台座、リノリウム押さえなどの基本躯体の他に、リール、ボラード、昇降口、フェアリーダー、アンカーチェーンなどが再現されています ●上甲板上の構築物となる「艦橋部」「煙突部」「主砲部」「高角砲部」「魚雷発射管」「航空機甲板」「後部艦橋」などを個別にブロック化して構成、それぞれを甲板上に取り付けて完成させます 「阿賀野」の艦上の構造物は下記のようなパーツで構成されています ●艦橋 ・ 艦橋は3層で構成され、トップの94式方位盤照準装置、測距儀は別パーツです ・ 艦橋の窓枠がシャープに彫刻されています ・ 「阿賀野」の特徴である艦橋部上下の遮風装置も再現 ・ 艦橋部分を構成する、「1.5m測距儀」、「方位測定器」などがパーツ化 ・ 艦橋前に設置された「25mm 3連装機銃」×2、「95式機銃射撃装置( 改1)」、兵員待機所などがパーツ化されています ●メインマスト ・ メインマストは三脚檣型で、前後分割式となっています ● 煙突 ・ 煙突の本体部分は左右分割式で、トップの雨水カバー部は別パーツとなっています ●後檣 ・ 後檣は2段式の単檣となっています ・ マストは各段での上下分割式、上部のヤード部は一体成型されています ・下段にはクレーンが一体成型 ・ マストに付けられている、60cm探照灯がパーツ化されています ●探照灯台座、及び探照灯 ・ 台座部分は上下2分割式となっています ・ 「110cm探照灯」×2が付属しています ●後部艦橋 ・ 後部艦橋は一体成型となっており、後部の「96式1.5m測距儀」は別パーツです ・ 「25mm連装機銃」×2が付属 ●主砲「50口径 41式 15cm連装砲」 ×3 ・ 主砲の砲身は連装式に一体成型され、砲身は上下に可動式です ・ 測距儀は別パーツとなっています ●高角砲「60口径 98式 8cm連装高角砲」 ×2 ・ 高角砲は上下分割式のシールド部分と、砲身本体との分割式で、砲身は連装式に一体成型されています ・ 高角砲のスポンソン部は1パーツで構成 ●魚雷発射管「92式 61cm 4連装発射管」 ×2 ・ 魚雷発射管は一体成型されたパーツとなっています ●対空機銃 ・ 25mm 3連装機銃 ×2(艦橋部) ・ 25mm 単装機銃 ×2(後部艦橋部) ●飛行甲板 ・ 飛行甲板は一体成型で、上部には航空機軌条、ターンテーブルがモールドされています ・ 前部両側部に装備される「94式高射装置」 ×2は別パーツです ●カタパルト「呉式2号5型射出機」 ・ カタパルトは一体成型で、側面にはトラス構造がモールドされています ●内火艇、カッター及びボートダビッド ・ 11m内火艇 ×1 ・ 9m内火艇 ×1 ・ 11m内火ランチ ×1 ・ 9mカッター ×2 ●艦載機 ・ 「零式3座水上偵察機」 ×2が付属しています ●その他の艤装を再現したパーツとして ・ 艦尾旗竿 ・ 手動爆雷投下装置 ・ 予備フロート などがセットされています ●静岡模型教材協同組合「大型艦兵装セット」のランナーが2枚付属しており、機銃、艦載機、カタパルト、内火艇、艤装類などは同ランナーのパーツを使用します ●艦尾の軍艦旗(直線タイプとなびいている状態の2種)、艦載機の日の丸マークを再現したデカールが付属しています ●1972年 完全新金型(艤装パーツを除く) --------------------------------- 【 「日本軽巡洋艦 阿賀野 (あがの)」のワンポイント 】●キットのカタパルトは、「呉式2号5型射出機」が付属していますが、「阿賀野型」の他の3艦は同タイプを装備したものの、「阿賀野」だけは大型の「1式2号11型射出機」を装備しています ●気になる人は、他から流用すると良いでしょう ●また、前部の魚雷発射管はシールド無しのタイプとの説が有力ですが、確定的では無いようです
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