日本軽巡洋艦 大淀 1943 (プラモデル)アオシマ 1/700 ウォーターラインシリーズ No.041734 スケール:1/700
|
||||||||
「日本軽巡洋艦 大淀 1943 プラモデル (アオシマ 1/700 ウォーターラインシリーズ No.041734 )」です●「軽巡洋艦 大淀 1943」を1/700スケールで再現したプラスチックモデル組み立てキット ●帝国海軍の軽巡洋艦「大淀」を再現したキットで、大型のカタパルトを装備した竣工時から1944年3月までの姿が表現されています 【 軽巡洋艦「大淀」について 】●帝国海軍は、日清、日露戦争での戦訓から、主力艦としての戦艦を重視する一方、魚雷攻撃を行なう水雷戦隊の整備にも力を注いでいました ●この水雷戦隊に対して、敵駆逐艦からの攻撃を排除するために建造されたのが軽巡洋艦で、水雷戦隊と同じ速度を持ち、駆逐艦よりも強力な攻撃力を持っているのが特徴でした ●前述のように水雷戦隊の拡充化を図る帝国海軍は、1920年代にかけて、「天龍」、「龍田」の小型軽巡洋艦、そして5,500tクラスの軽巡洋艦14隻を建造、充実した戦力を保有します ●ただ、この戦力により、軽巡洋艦の新規建造は控えられ、砲撃力を重視した大型軽巡(後に改装されて重巡となる)へと関心は移ってしまいます ●しかし、水雷戦隊を編成する駆逐艦として優れた性能の特型駆逐艦が登場すると、従来の軽巡洋艦では性能に陰りが目立ち始め、1939年に20年振りとなる新型の軽巡洋艦の建造計画が立てられました ●これにより、水雷戦隊用の「阿賀野」型軽巡4隻、そして潜水艦隊用の偵察用軽巡洋艦「大淀」の建造が始まります ●「大淀」は、水上偵察機を6機搭載、その充実した索敵能力により潜水艦隊の旗艦となり、艦隊の目となってその運用と作戦を行なう役割を持っていました ●また、その水上偵察機には当時開発中の新型水上偵察機「紫雲」の搭載が予定されていました ・ 「紫雲」はフロート装備ながら艦上機並みの高速性を追求した機体で、その速度から敵制空圏下において強行偵察を行なう予定でした ・ この「紫雲」を射出するために、「大淀」は大型のカタパルト「2式1号10型射出機」を装備しました ●水上艦艇としては、単艦で行動することが想定されたために、対空戦闘能力が充実、逆に艦対戦が考慮されておらず、魚雷発射管を持たない唯一の巡洋艦となっています ●そして、水上機を6機搭載するために、船体の後ろ半分近くが航空艤装となり、大型の格納庫が設けられました ●「大淀」は1943年2月に竣工しました ●しかし、肝心の「紫雲」は試作段階で事故が続発、その後も予定されていた性能を発揮することができず、結局「大淀」には搭載されませんでした ●また、この時期には対潜能力の高いアメリカ艦隊に対して潜水艦隊を攻撃的に運用することは困難となっており、本来の目的である潜水艦隊旗艦という任務は持たされませんでした ●そして、魚雷兵装を持たないことで、艦隊戦向きとはされずに、就役当初から輸送任務が主となります ●1943年7月にラバウル、12月にはトラックへの輸送任務に従事、翌1944年1月にはラバウル北方のカビエンへの輸送任務に就きます ●このカビエンでの輸送が完了した直後、100機程度のアメリカ軍航空機の空襲を受け、その対空火力と、軽巡洋艦としての高速性により受けた損害は軽微でした ・ 主砲の15.5cm砲は対空射撃が可能で、装備している長砲身の10cm高角砲は、優れた対空性能を誇っていました ●その後、1944年3月に「大淀」はその格納庫のスペースを活かして、司令部設備を搭載、連合艦隊旗艦となる改装工事を受けます ●これは、従来の連合艦隊の旗艦という役割が主力艦である戦艦に与えられ、司令部機能の損害を恐れるために後方へと温存、せっかくの戦艦戦力を活用できないという理由からでした ・ この改装によりカタパルトは通常の「呉式2号5型射出機」へと変更されています ●「大淀」は1944年5月から9月の間に連合艦隊の旗艦の任に就きましたが、司令部が艦上に在る必要性は薄れ、9月末には司令部は陸上へと移り、旗艦の役割は終了します ・ 「大淀」は連合艦隊の旗艦としては最後の艦となりました ●1944年10月、「大淀」は空母機動部隊である小沢艦隊の一員として「レイテ沖海戦」に参加します ●小沢艦隊はフィリピン北方のエンガノ岬沖にて数波に渡るアメリカ艦載機の攻撃を受け、主力の空母4隻を失います ●この攻撃により、沈みかけた旗艦「瑞鶴」からは艦隊司令小沢中将が「大淀」へと移乗、同艦は艦隊の旗艦となり、その後の指揮を担いました ●「レイテ沖海戦」が終了すると、「大淀」はフィリピン近海で数度の作戦任務を遂行、損害を受けながらも奮戦を続け、一定の戦果も挙げます ●1945年2月、敵制海権を突破するという輸送任務「北号作戦」に参加、その作戦完遂は絶望視されますが、無事に内地へと帰投しました ●しかし、1945年3月、呉を襲ったアメリカ艦載機により「大淀」は損害を受けます ●その後、日本国内での重油の不足が深刻化し、連合艦隊の艦艇は作戦行動が行なえなくなり、「大淀」も江田島で浮き砲台として運用され、7月の空襲により被弾、着底して終戦を迎えています 【 「日本軽巡洋艦 大淀(おおよど)」のキット内容について 】●この帝国海軍の軽巡洋艦「大淀」を再現したプラスチック組立てキットです ●最新の資料を元に軽巡洋艦「大淀」をシャープに再現、後部の大型の格納庫とカタパルトを装備、3連装の主砲塔を持った特異なフォルムが表現されています ●船体の舷窓や各種構造物はシャープ且つ繊細に再現され、ラッタルの一部や機銃座の表現などディテールも細かく表現された内容となっています ●「軽巡洋艦 大淀」の竣工時から1944年3月に連合艦隊旗艦に改装されるまでの状態を表現しています ●艦体喫水線までが再現されたウォーターラインモデルです ●「大淀」の船体は、上甲板の中央部が一体成型された船体と、上甲板で構成されています ●船体部は、フェアリーダー、舷側の舷窓、錨、汚水捨て管がモールド再現されています ・ 上甲板の中央部が一体成型され、甲板上のリノリウム押さえ、リールなどが表現 ・ 船体部には、格納庫前部が一体成型されています ・ ウォーターラインモデルに欠かせない船体下を塞ぐ平らな船底パーツが付属、オモリとなるバラストも付属しています ●上甲板は、前部と後部とに分割されており、主砲塔基部、艦首、艦尾の滑り止め、リノリウム押さえ、ボラード、リール、パラベーンなどがモールドされています ・ 後部には格納庫後部の機銃座と航空機軌条がモールドで再現 ●上甲板上の構築物となる「艦橋部」「主砲部」「高角砲部」「カタパルト部」「煙突部」「格納庫」などを個別にブロック化して構成、それぞれを甲板上に取り付けて完成させます 「大淀」の艦上の構造物は下記のようなパーツで構成されています ●艦橋 ・ 艦橋は5層で構成され、トップには測距儀、射撃指揮所が別パーツにて再現 ・ 艦橋側面の舷窓、扉なども再現されています ・ 艦橋の上下部には遮風装置がモールドされています ・ 艦橋部分を構成する、94式高射装置(×2)、21号電探、方位測定器、60cm探照灯(×2)、25mm 連装機銃(×2)などがパーツ化されています ●メインマスト ・ メインマストは三脚檣型、トップは1本の単檣となっており、前後2分割式です ● 煙突 ・ 本体部分は左右分割式で、煙突トップ部は別パーツ化されています ・ 周囲の管は煙突パーツにモールド及び別パーツにて再現 ●格納庫 ・ 格納庫は、左右側面、天板部分との3分割式で、後部はオープンの状態となっています ・ 側面の舷窓と扉がモールドで再現されています ・ 天板には、リノリウム押さえと機銃台座、ブルワークが表現されています ・ 前部探照灯台座は左右分割式 ・ 後部の探照灯の構造物は別パーツです ・ 25mm 連装機銃(×4)、110cm探照灯(×3)、方位測定器が付属 ●後檣 ・ 後檣は三脚檣型、トップは1本の単檣となっており、前後2分割式です ●カタパルト「2式1号10型射出機」 ×1 ・ カタパルトは一体成型のパーツで再現されています ●主砲塔部「60口径3年式 15.5cm砲」 ×2 ・ 砲塔は、砲塔本体と砲身部とで構成、測距儀は別パーツとなっています ・ 砲身部分は1本ずつが別パーツで、基部には防水布が表現されています ・ 主砲塔はポリキャップにより左右旋回します ●高角砲「65口径98式10cm連装高角砲 A型改1」 ×4 ・ 高角砲はシールド部分と砲身本体との分割式で、砲身部分は1本ずつが分割されています ・ 円形の高角砲台座がパーツ化 ●対空機銃 ・ 25mm 連装機銃 ×6(艦橋部と格納庫部) ●内火艇、カッター及びボートダビッド ・ 11m内火艇 ×1 ・ 11m内火ランチ ×1 ・ 9mカッター ×2 ●その他の艤装を再現したパーツとして ・ 菊花紋章 ・ 艦首、艦尾旗竿 ・ クレーン ・ 航空機台車 などがセットされています ●艦載機として ・ 水上偵察機「紫雲」 ×3 など計5機が付属しています ●キットには、静岡模型教材協同組合「大型艦兵装セット」のランナーが2枚付属しており、カッター類、機銃、探照灯などは同ランナーのパーツを使用します ●艦尾の軍艦旗(直線タイプと、なびいているタイプの2種)、航空機の日の丸マークを再現したデカールが付属しています ●スポット生産品
通販のご利用方法の詳しくは、コチラより「ご利用ガイド」 関連商品
|
|
|||||||